公開日 2021年06月08日
普通、放牧というと、広大な土地の中を牛が自由に移動しているイメージを浮かべます。
しかし、放牧は広大な土地でなくとも比較的狭い土地でも行えることができます。
現在、全国的に農地の耕作放棄地(H27年、42.3万ha)が増えており農業面で大きな問題となっています。
耕作放棄地は中山間地域の、あまり広くない土地に多くみられ、特に農家の方が高齢や後継者の不足により耕作ができなくなったことや、その狭さゆえ機械等が使えず手間がかかるうえ大きな収益が期待できないことなどが理由となって年々その面積が増えています。
一方、イノシシやシカなどの野生動物により農作物が食い荒らされ、農業生産物の大きな損失となる鳥獣被害が多くの都道府県で拡大しています。この被害を助長する要因のひとつに耕作放棄地の存在が関わっており、具体的には、耕作放棄地が増え野生動物がそこを隠れミノとして利用することで、ここからヒトが住む地域の周辺田畑に出没する傾向があります。
耕作されなくなった土地は、直ぐに野草や灌木が生い茂り、野生動物が隠れやすくなります。また、一旦、このような状態になると農地としての利用は難しく、農地として使えるようにするには、多大の経費と労力を要することから、その後、手を着けられることがほとんどなくなり放棄されます。
このため、耕作放棄地の拡大を阻止することが鳥獣被害の軽減に役立つと考えられ、牛を用いた放牧が土地の荒廃を一定防ぐ効果があることから、現在、耕作放棄地を対象とした放牧が全国に普及しています。
また、耕作放棄地が増えると山々の景観が悪くなることから、中山間地域の環境保全のためにも耕作放棄地の拡大を防ぐ必要があります。
畜産振興の面では、耕作放棄地でなくとも比較的面積の小さい遊休の田畑に飼料用の草を栽培して牛を放牧させる簡易放牧という方法が、労力がかからず経費を抑えた飼育管理に応用しているほか、特に中山間地域における複合経営のなかの一部門として肉用繁殖牛(子牛生産)を中心に数頭規模の飼育が期待できることから、飼養頭数の増加につながります。
牛の健康面では、牛舎の中で飼うよりもストレスから来る病気の発生が少なく、長生きすることで子牛を多く産め、難産なども少なくなります。
1 放牧のやり方
・放牧させる場所には、牛が逃げないよう牧柵という囲いが必要で、通常は木や鉄製の杭を打ち込み有刺鉄線を張るなど、一定の手間と労力が必要なうえ、一度設置すると簡単に場所を移動できません。そこで、耕作放棄地は狭い土地が多いため、牧柵を簡単に設置でき移動も可能な「電気牧柵」 を用います。
※「電気牧柵」
電気牧柵は主に「電牧器」、「電牧線」、「電牧柱」から成り、簡単な支柱を放牧させる場所の 周囲に立て、これらに電気を通す電牧線を這わせて、常時通電させることで家畜が電牧線を越えて逃げないようにします。通電のための電源が必要ですが、現在は電気のない場所でも使用できるようソーラー発電器を備えた電牧器が普及しています。導入にかかる経費や労力も、比較的安価です。
・「電気牧柵」を設置した後、牛を放牧させる前に牛に電気牧柵に馴れさせることが必要です。これは、牛が電気に触れることに馴れていない場合、触れた瞬間に驚いて暴れたりすることで、牧柵を壊し外に逃げて暴走したり、ヒトや牛に危害が及ぶ可能性があることから、予め牛に電気に対する一定の耐性を学習させておきます。
・ただし、牧柵自体には牛が逃げないようにする物理的な機能がないことから、通電が何らかの理由でなくなると、牛は簡単に牧柵を越えて逃げます。このため、通電が途切れないよう発電器の確認や、電牧線に野草等が触れて漏電により電圧が下がることがないよう点検することが必要です。
・また、放牧地内に食べられる草がなくなると、空腹のため草を求めて柵を越え逃げることがあるため、放牧内に常時草があることに注意します。(草がなくなると、草のある別の場所に牧柵を張り替えて牛を移動させます。)
・草の少ない冬場に放牧させる場合は、特に繁殖用に供している牛などある程度栄養管理が必要な牛には、状況に応じて適切な量の補助飼料(濃厚飼料、粗飼料)を定期的に与えます。
・注意することは、放牧地の近くに田畑や川などがある場合、狭い場所で長期間放牧を続けるとふん尿が多く溜まり、降雨等により周辺へ流れ出たり、悪臭や害虫の発生する可能性があることから、このような場所では、早めに他の放牧地に移動させるようにします。
・放牧地には、牛の餌となる野草が多く繁茂しているところが望ましく、さらに夏期などでは、牛が休憩できる日陰(牛は暑さに弱い)が必要です。その場合、適当な木立があれば利用できますが、なければ簡易な牛舎を工夫することでより管理しやすく なります。
・牛を飼育するうえで最も重要なことは、牛が飲む水の確保であり、どの放牧地でも水源等の確認を含めて、常時牛が水を飲めるような簡単な施設を工夫する必要があります。
・放牧地を選ぶ目安としては、放牧地の草の状況にもよりますが、一般に2頭の牛を1ヶ月間放牧させるには約30aの面積を確保する必要があります。
2 鳥獣被害への効果
・耕作放棄地に牛を放牧すると、野草などを牛が食べ尽くすこと(俗に草刈隊と呼ばれることがあります)で、野生動物の隠れる場所がなくなり、野生動物が近寄らなくなります。このため、その周辺の田畑へ野生動物が侵入するのを間接的に抑制することになり、鳥獣被害低減の一助となることが考えられます。
・放牧だけでは、野生動物の侵入を直接防ぐ効果がないことから、鳥獣被害を効果的に防ぐには、放牧だけでなく、侵入防止ネットの設置などと併せて総合的な対策を講じることが重要です。
3 耕作放棄地放牧をめぐる課題
1)放牧牛の確保
・放牧させる土地の周辺に、畜産農家(肉用繁殖牛)がある場合は、家畜の所有者の了解を得て牛を一定期間借り受けることができますが、周辺に該当する畜産農家がいない場合は、遠方から放牧できる牛を借り受けて移動させることが必要であり、場所によっては牛の確保が困難となる恐れがあります。
2)管理者の確保
・「電気牧柵」を用いた放牧は、基本的に低コストで省力的ですが、牛という生き物を利用するため、定期的な牛の観察と放牧地の点検を兼ねた管理が必要です。
・管理者としては、牛の扱いができることが重要で、牛の状態をみて適切な対応ができるようにしておきます。
・通常、牛の所有者または畜産農家が最適ですが、牛を扱える技術のある方でも構いません。
3)地権者の承諾
・放牧させる土地が山間部の深い場所などでは、地権者が近くにいないことが多く、放牧させるには当該地の地権者を特定して、予め放牧に際しての承諾を得る必要があります。
4)放牧にかかる経費
・この放牧は、基本的に草が繁茂する夏期では、与えるべき餌が不要なことが多いため、餌代がかからないほか、飼育に関する手間も水の確保以外に特に必要でないことから、手間が少なく日々の経費はほとんど発生しません。
・しかし、「電気牧柵」の整備にかかる購入経費は避けることができないため、この経費を負担する必要があります。
5)土地の有効利用
・牛の放牧により、一定土地の農地機能は維持されますが、最終的に、耕作放棄地に共通していることですが、これらの土地を有効利用する手立てが必要です。
・耕作放棄に至った理由のひとつとして、農作物等を生産してもその立地条件の悪さから、収益性が上がらないなどがあり、これらを解決する効果的な対策が望まれます。
※「電気牧柵」を用いた放牧について詳しいことをお知りになりたい方は、最寄りの家畜保健衛生所までお気軽にお尋ね下さい。
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